あんにゅいじゃなきゃ、、、いや

へぇへぇぼんぼんなまいにちのこと

子連れで新宿駅を通過する時の悶々ストーリー

都内の自宅からわたしの実家までは

電車を乗り継いで2時間ほどかかる。

 

普段はあまりベビーカーは使わないのだけど

実家へ帰る際は大きなエアバギーとともに電車に乗る。

 

一歳のぼうやとエアバギーとわたしとで通過する新宿駅の乗り換えが一番の難関だ。

意外とエレベーターの数は少ない。

 

サザンテラス口改札のほうが人が少ないからそちらから乗り換えたいけれども、中央線のホームからサザンテラスの方へあがるエレベーターはないのだ。

仕方ないから南口改札を上がって乗り換えるルートを使うがこちらはいつも混んでいる。

 

東京行き中央線のホームのエレベーターは広い新宿駅の中で地下へとつながる唯一のエレベーターで上へ行ったり、下へ行ったりする。

NEX利用の大きなスーツケースを持った旅行者たちも多く利用する。

土日なんかはエレベーター待ちかひどい。

またこの付近はエスカレーターもあって大変混雑するし、発車しそうな東京行きへ駆け込んでくる人々も現れたりでいつもヒヤヒヤさせられる。

 

エレベーターに一番近くなるのは前から3両目あたりなんだけども、それを考慮して乗ってみると案の定激混みで新宿到着時にはエアバギーと身動きが取れないまま後ろからガンガン押されまくってあれよあれよとドアの方へ流されてそのまま前輪が線路とホームの間に落ちてしまったことがあった。

幸いホームにいた紳士に助けてもらえたが、驚きすぎて普段出さないような声で悲鳴をあげてしまった。

そのあともしばらく心臓バクバク手ガクガクした。

 

こんなことがあって、

なるべく空いてそうな時間に乗ったり、オレンジより落ち着いている黄色い中央線を利用したりしている。

 

最近は、バギーにぼうやを乗せずにいくことにした。

ぼうやをおんぶして、カラのバギーで空いてるサザンテラス口の方へと上がるエスカレーターを利用している。

そうすると一番前の空いてる車両にも乗れるので新宿駅で降りる際も安全だ。

万が一バギーが傾いても空っぽだったら悲鳴をあげずに済むしね。

 

そうしてそのまま乗り換えて、ゆらゆら揺れてるといつのまにかぼうやは寝てくれたりもするから、わたしも本を読んだりのんびり過ごせるのだ。

 

 

ベビーカーで移動し始めて、改めて感じることってたくさんある。

歩き慣れた道も、使い慣れた駅も、ベビーカーとともに歩くだけで知らなかったたくさんのことに気づかされる。

昔に比べたらきっと今は良くなってることはたくさんあるだろう。またさらに不便なことがあったって、すぐに便利になるわけじゃない。

自分で考えて、臨機応変に対応できるようにしたほうがストレスなく生きてゆけると私は思うからない知恵絞って今日も楽しく生きている。

 

Shinjuku Teleport Station

 

 

ひとつ言わせてもらえれば、

電車が駅に到着してドアが開いたら、

降りる人が全て降りてから乗り始めてほしい。

私はいつも後ろ向きでバギーを降ろしているが待たずに両端から割り込むように乗ってくる人が結構多くて、気づいてないでしょうけどぶつかるんですよね。

ほんの数秒のこと、待ってもらえたら嬉しいです。

 

 

スピーカーフォンするタイプの人間ではございませんよ

携帯を変えなければ!と心の隅っこでずっと思いながらも行動できぬまま暦の上ではもう冬。

 

なぜ変えねばなのかというと、

一つ、ぼうやにナメナメされすぎて通話が悪くなってしまったこと。

赤ちゃんのヨダレによる水没って結構あるんですって。

スピーカーや充電の穴やイヤホンジャックあたりをナメナメされるとそこからヨダレが侵入するんでしょうね。

 

そんなんで、通常の耳に当てての通話だと相手に私の声は届かず、スピーカーフォンでしか届かなくなってしまった。

基本的に夫と母親から以外には電話は鳴らないしだいたい家にいるからそのスタイルでもいいんだけど、病院とか役所とか、たまに真面目な電話をするときでもスピーカーフォンをしなきゃならないのは、なんか、違うな、真面目にしたいのにずいぶんラフだなと思ってしまう。

また、たまに外出先でかかってきてしまうと困ってしまう。

たぶん私はスピーカーフォンするようなタイプの人には見えないと思うんだけど、それがおもむろにスピーカーフォンで通話し出すというのは、周囲から誤解を招きそうだ。

背中に、「故障により仕方なくスピーカーフォンしています」という紙でも貼りたい気分。

 

外出先とは、児童館。

せっかく最近話をするようになった他のお母さんたちに、あの人スピーカーフォンで通話するタイプなの?!だなんて思われやしないだろうかと心配してしまう、私。

 

そしてもう一つは

電池の減りが早くなってしまったこと。

以前は2、3日に一度だったのに最近は毎日。

使ったなという日は1日2回も充電してる。

 

現在はアイホンを使用している。

やめようか、アイホンとも思ったけれど、災害時にはアイホンあると便利だってことでこの先も持ち続けようかと思っています。

かわいいぼうやとサバイブする為にアイホン

電池も通話もちゃんとできるようにしなきゃ。

 

節約もほどほどに

今は専業主婦で、現金収入を作りだせなくなったのでとにかく節約。

 

いかにお金をかけずとも豊かな生活を送れるか

日々、そんなことを考え、勉強し、実行している。

 

女性はトイレの回数が多い傾向にあると思うが、私は普段トイレにほとんど行かない。

行きたくならないので、うっかりしてると朝行って、気づくと夕方なんてこともたまにあった。

さすがにそれは体に悪すぎるので時間をきめて行くようにはしていた。

 

しかし、妊婦になってから回数が一気に増えた。

だぶん人並みに行けるようになった。

妊婦はみなトイレが近くなるらしい。

 

先にも言ったように、私は日々節約に余念がない。

にもかかわらず、トイレの回数が増えるとはこりゃ許せない。

どうにかせねばってことで、タンクの水を風呂の残り湯でまかなおうと小さな努力を始めた。

すごい人は雨水をポリタンクに貯め、それを活用ということもしているが

私はすごくない人なので2リットルのペットボトル分しかやってない。

2リットルのペットボトル2本に風呂の残り湯を入れ便器の横に置いておき、流す時に使用する。

意味あるか、ないかわからんが、まぁやっている。

 

こんな些細な努力を日々せっせとやっているわけだけど、夫は昔からやたらトイレに行く。

家を出る前にもトイレへ行ったはずなのに、徒歩10分で到着する駅で、電車に乗る前にトイレに行く。

夜中も1.2回は起きてゆく。

おそらく、彼が私のトイレを待った時間より、

私が彼のトイレを待った時間の方が比べものにならぬほど多いはず。

 

なぜ今トイレへ行くのか!ということでケンカをしたことも少なくない。

こんなときは夫に「トイレくらい好きにさせてくれ」と反論される。

 

水道費を払うのは結果的に彼の給料からだし、そんなに気にすることもないのだけど。

最近は夕食のあと、やたらとトイレにゆく。

私が風呂に入っている40分ほどの間に2回、自分が風呂入る前に1回。

先日は本当にひどくて15分に1回ほどのペースでトイレへ行った。

 

トイレへ行くというのはジャーッと水を流すということ。

自分で節約を意識し始めてしまうと、一回のジャーが聞き流せない。

一回分くらいためて排出できないものかね

と、思わず言ってしまい、怒られた。

こんなに頻繁に水を流されては私の神経が落ち着かない。

 

本人だって好きでこんなにトイレばかり行ってるわけでもないだろうが、

あんまり行くから、途中から心配になった。

結果的に15分ペースを二時間ほど続けていた。

 

私の日々の小さな努力は全て水の泡となったに違いない。

save_earth

 

妊娠中にひまだからってこんなことを書いていた。育児中になった今はもう夫のトイレの回数を気にするほどひまでないし、もちろんペットボトル節水もやめてしまった。

 

 

 

 

性善説と性悪説と

人間は皆、赤ちゃんからこどもを通って大人になる。

大人になった自分自身の中に、アルバムの中で無表情にぷっくりころがる赤ん坊の頃の私や元気に走り回る小学生の私は残っているのだろうか。

 

谷川俊太郎氏だっかな?何かのインタビューの中で、年輪のように歳をとっていくという話をしていたのを読んだ。年輪の一番中心の小さな輪が人でいう赤ちゃんでそれから一年ごと歳をとるたび年輪は広がってゆく。

だからどんなに歳をとってもその中心にはいつも赤ちゃんがいるんだって。

どんなに大人になったってこども心を忘れるなって話だったと思う。

 

ある本で読んだのは、日本的な考え方では

こどもは、こども。

おとなは、おとな。

と別にとらえているところが強いらしい。

産まれたときは善人、という性善説でとらえていて、こどもは神様であるという考え方が強いみたい。

江戸時代、日本にやってきた外国人たちは

江戸人の子どもの扱い方に度肝をぬかしたらしい。

甘やかしすぎている!!と。

 

また別の本ではフランス人は性悪説を持っていると書いてあった。

小さいときに厳しく教育しないと悪いままだという考えらしい。

 

親というものになりはじめた今思うのは、フランス式を採用したい。

きちんと教育しなければ、極端な話、人を殺す人になってしまう可能性もあるのかもしれない。

戦場へ行けば、みんな他人を殺してしまうのだから、そもそも人間はそういう心を持っているのだろう。

私も、戦場へ行けば、人を殺すのだろうか。

そんなことをたまに考える。

 

殺人事件が起きて、犯人を知る近所の人は犯人のことをそんな風にはみえなかったとよく答える。人殺しそうな人ってどんな人かしら?

悪役商会にいそうな人かしら?

 

時代小説では侍が、目を見れば人を切ったことがあるやつかどうかがわかると言っていた。

そういう目力があるんだろうな。

 

座間市の殺人のニュースを聞くたびにいろいろ考えてしまう。嫌な話だ。

普段は仕入れる情報も選ぶようにしているけどさすがにこれは耳に入ってしまった。

嫌なニュースを知って嫌な気分になるくらいなら知らなくても困らないことは知らないままでいい。

 

Angel

 

公園に集う保育園児を眺めて、おもうこと。

今日はいいお天気!

せっかくの太陽の光をたくさん浴びたいから公園へ行ってきました。

芝生の上をヨチヨチ歩いて練習です。

尻もちついても、ごろんと転がってもここならケガしないからね。

どんぐりや枯れ葉や木の枝から小石まで、目についたらとにかく口に運んでしまう。

そのおててだけ気にしてやってあとは自由にのびのび遊んでくれ。

 

私の住む地域は待機児童問題が深刻な地域で、児童館で会う母さんたちも入れなくて困ってると口々に話している。

こんなにみんな入れなくて、どこの誰が入ってんだ?と思ってしまう。

 

私はというと、どうせ入れないだろうなと思っているから保育園に入れる予定はない。

保活というもの、私はたぶんできない。

そういうの、苦手なの。

 

入れないという声はたくさんきくけど、保育園はたくさんある。どんどん増える。

幼稚園はそんなに見ないのに保育園は至る所にある謎。なぜ足りないのか。

 

で、午前中に公園に行くと近隣の保育園の子達もわらわらと公園に集まってきてとってもにぎやか!私はそこでみんなの行動を見て遊び方を学ばせて頂いております。

たまにちょっと一緒に遊ばせてもらったりして。

 

そうして思うのが、先生たち、すごいなぁって。子どもと全力で鬼ごっこしたり、全力で褒めたり、全力でどんぐり拾ったり、落ち葉を集めたり。

おんぶしながら抱っこして、ちょこまか走り回る子どもたちを目で追って。

それが仕事なんだけど、大変だよなぁ。

 

私は成人してからずっと接客業に携わってまいりましたが、自分がお客様にたいしていつもそんなに全力だったかと言えば…うーん、全然そうじゃないもんな。

大人より子供のほうが全力でないことすぐにわかって、もっとマジメにやってよ!とか言われちゃいそうだもんな。

 

いつも笑顔で優しくて、全力で遊んでくれる保育園の先生方を尊敬の眼差しで、ぼうやと2人眺めております。

 

しかしこんなに遊んでくれるなら、ぼうやも保育園に通った方が私と二人っきりで遊ぶより楽しいんじゃないかなと思ってしまう。

でもそんな理由じゃ保育園には入れてくれない。

一歳を過ぎると自立心がニョキニョキ育って私のもとから少しずつ離れて自分で遊ぶようになってきたなと感じる今日この頃。

一歳半過ぎたら週二回くらい、ほんの2時間ほどでも通える施設があったら子も親もいい刺激になりそうだななんて、考えた。

 

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さてさて、今はお昼寝中。

も少ししたら起こして、保育園へは通えないけどそのかわりに児童館へ行って元気に遊んでもらいましょ。

 

眠れぬよるに思うこと

最近眠れない。

 

昨夜も眠れなかった。

でも眠れない夜は今に始まったことではない。

眠れなきゃ寝なけりゃいいのだ。

ずっとそれをやってりゃいつか必ず眠くなるはずなのだから。

 

でも、今はそうゆうことではなく眠れない原因は胎児。

胎児は夜行性らしく、ずっと規則正しい生活を心がけてきたのに

それを全部ぶち壊して夜にうごめく。

ちょっと前までは四六時中眠気に誘う。

とんでもないやつである。

胎児の前では私はただの家だ。入れ物でしかない。

 

そうして昨夜もうごめいていて、気にせず寝ようと思っても

頭がどんどん冴えてきて、体はどんどん寝てられないほど痛くなってきて

起きた。

四時。

もう明るい。

こんな時冬でなくてよかったなとほっとする。

太陽ってすばらしい。

 

眠れないよるの脳みそは自分でも驚くほど文学的で、

この状態を保てれば私は作家になれるんじゃないかと思う。

ついでに私の夢もいつもかなり文学的である。

しかし、その状態は長続きしないのでやっぱり私は凡人だ。

眼をつぶって、横になっているときには頭の中にたくさんの文章が浮かび上がり

ますます眠れなくなるのに、起き上がって書こうかなと思ったとたん

眠くなってしまうんだな。

 

midnight

 

 

と、1年ちょっと前の私は語っております。

 

胎児は外の世界へ誕生して赤ん坊になると、今度はお乳をせがんで泣いてまたも母親の眠りを奪ってゆく。

2、3時間おきに起こされる夜が普通のことのようになるともはや眠れないなどと悩んでいた頃が懐かしく思えてくる。

でもやっぱり2、3時間ずつの睡眠は体の回復を遅らせる。

 

出産から1年と3ヶ月経った今、ようやくまとめて5、6時間眠れるようになってきた。

 

下書きBOXよりみつけまして。

 

 

 

アンチハロウィーンだったんだけどね

子どもが生まれたことをキッカケに変わってしまうことはいろいろある。

私にとって、ハロウィーンも、そのひとつである。

 

今まではずっとアンチだった。

アンチというか、まるで馴染みがなくて仕事の帰りなどに駅で仮装した若者とすれ違って初めて、あぁハロウィーンね。と気づく。

まさか仮装とか考えたこともないし、この先もしないでしょうと思っていたのにさ。

今年、初めて、ぼうやに仮装させてみたい欲がうまれちまって、チャレンジしちゃいました。

 

去年はまだ赤ちゃん過ぎてそれどころではなかった。

今年は一歳になってヨチヨチ歩き始めてかわいい盛り。こんなヨチヨチ野郎に仮装をさせてみたいと思ってしまうのも仕方のないことでしょう。

 

さて、何をしたいのか。

これはもう決まってました。

密かにあたためておりました。

 

ばん!

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ご存知、映画アダムスファミリーの赤ちゃん。

 

髪をペターっと真ん中分けにして、まゆげとヒゲを描いてみる。

 

ぼうやは私の頭皮と同じ複雑な構造をしているようで、髪が真ん中にわかれない。

無理矢理に水でなでつける。

どうしても右側の毛が左に戻ってくる。

まゆげペンでまゆげとヒゲを描こうとするも全力で嫌がられてうまく描けない。ただの直線を乱暴に殴り描き状態で面倒になって、完成。

 

うわ!なんてセツナイ顔なんだ!

モデルにした赤ちゃんとまるで違う。

違うけどもおもしろくてかわいい。

しかし雑すぎる。

仮装というレベルではなく、罰ゲームで落書きされたみたいだ。

 

最近よく食べるせいでお腹がぽっこり出てるから、赤ちゃんというよりセツナイ顔の喪黒福造のようになってしまった。

 

ごめんね。

 

写真にとろうとするもこれまたうまくいかなくてかわいくない。喪黒福造にしか見えない。

 

来年はもっとマジメにやろう。

え?やるのかな?

じゃ来年は喪黒福造にしようか。

 

 

 

どっぷり久作、ふんわり百合子

今週のお題「読書の秋」

 

子を産んで以来、すっかり本など読めなくなってしまった。

とはいえ、今はそういう時なだけで、

長い人生、またそのうち毎日本ばかり読んで困るなぁという時も訪れるだろうから、今は読めなくても困らない。

 

読めないけども、さんぽする時間はたくさんあるので子を連れて図書館を訪れては

毎回本を借りている。読めないけども、手元に読みたい本が一冊もないのもさみしいなと思って子の絵本と一緒に毎度数冊借りている。

ただし、内容が平和なもの、頭を使わずさらっと流し読みできるものに限ります。

 

 

以前はエログロナンセンス

大正末期から昭和初期の怪奇幻想物語。

夢野久作江戸川乱歩、も少し時は進んで阿部公房。

怪奇でなくても大正から昭和という時代が好きなのかもしれなくて

夏目漱石も、内田百閒も、よく読んでいた。

 

自分自身のためだけに気にせず時間をたっぷり使えるとして一冊選ぶとすれば、ドグラマグラ

秋の夜長、読書灯一つつけて

ウイスキーをちびちび舐めながらじっくりと読みふけりたいものです。

そうしてどっぷりと夢野久作の世界へと落ちていきたいものです。

 

....ブウウーーーーーンンンーーーーーーンンン........。

 

 

子がいるとなかなかこんな世界感へおちていくことは難しいし、

落ちていったらダメなような気もするのでもうしばらくはやめておきます。

 

子がいる今、時間をうまく使えて読書タイムをとれるようになったら読みたい本は

武田百合子のことばの食卓

 

ずっと読みたくて買ったはいいが最後まで読み終えられていないので

秋の夜長、甘いミルクティーでも淹れてゆっくりと読みたいな。

最近は子も夜まとめて寝るようになったんだから、静かに読書の夜を過ごすのもいいかもしれない。

 

百合子さんにならって、わたしも夫のことは「とうちゃん」と呼んでいる。富士日記もまた読み返したい。

 

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シリーズ過去を振り返る④ 布おむつを使い始めて一年、最近のおまる話

不定期開催、シリーズ過去を振り返る第四弾

育児日記のつもりで書いてるわけでもないのだけど

毎日何に一番頭を使っているかといえば育児なわけで

自然と育児ネタばかりここに記すことになってしまっている

でもそれでもいいの

こうして振り返ると小さな成長が見えたり

忘れかけていた何かを思い出したりもできるし

まだ見ぬ第二子ができたときの参考にもなったりするかもしれないし

 

というわけで。

去年の今頃はどんなことを書いていたかというと

 

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排泄の話を素直にそのままします。

ご注意ください。

 

布おむつを使い始めて一年ちょっと

2500グラムのちっぽけだったぼうやも一歳を過ぎました

最近はようやく一人でよたよた歩き始めてしまって

猛烈にかわいいハイハイも、もうじき終わってしまうのかと思うと

さみしい気持ちでいっぱいです

 

そんな現在の布おむつの状況は

一日の使用枚数は3,4枚

うんちは目覚めの一発

(夜中つけてる紙おむつにそのまましてくれる)

夕食後の一発の主に二回

おしっこは午前中を中心に出続け

午後から夕方は落ち着いてくる

 

けっこう排せつリズムは把握しているものの

ハイハイし始めた10か月以降未だにおまるは使えていない

 

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一歳過ぎて、ちょっと真面目におまる復活させたいなと思いつつも

どうもうまくいかない

排せつするためのおまるが、ぼうやにとってはおもちゃになってしまう

 

手っつこんで、覗き込んで、転がす

のせてみてもお尻を浮かせておまるに触ろうと動きまくる

 

じゃぁいいや~

出ると思うんだけどなと思いつつも諦めると部屋のすみでおしっこしてる

 

んぬう、おしい、、、悔しい、、、

苦虫をかみ続けている 

 

そして最近、家にいるときは下半身丸出しの状態で過ごしてみている

排せつのタイミングでも研究してやろうかと思ってみているけど

おしっこは突然噴き出すのねぇ 

出した本人も驚きの表情

なんか出たぞ!!

床に広がった尿を手でぱしゃぱしゃするので慌てて止める

 

一度おまたをぱんぱん叩いている時があって、もしかして出るの?なんて見てたら

本当にシャーっと出たことがあった

今後もぜひそうしてください!と伝えたけれどもそれっきりぱんぱんはしない

 

青天の霹靂

じょわーと漏れ出している

 

そして昨日は9:30から10:30くらいの間に三度のおしっこと初めてうんちもされた

 

ベランダで洗濯を干していると、窓のサッシにしがみつきぴょこぴょこしている

すると、何やら聞いたことのないミリミリミリっという音

なんだろう?と辺りを見渡すと…あ!!

お尻からうんちがミリミリミリっと出てきていた

 

慌てて近くに置いていたおまるを取ってお尻の下に置いたものの前半部分は床に落下

後半部分は見事キャッチしました

 

わかったことは2つ

➀うんちは固形なのでおしっこよりも後始末がラクだったということ

トイレットペーパーでそっとつかんで重曹スプレーでシュッとしてふけばすぐ終わる

おしっこはしぼってふいて、しぼってなのでちょっと大変なんだよね

 

➁おむつって便利だなぁということ

改めて思いしらされました

 

めげずにおまるがんばるぞー

 

Babies

 

一歳二か月、寒くなる前に夜間卒乳できました 

夜間断乳を決行して10日ほど経ちました

その後いかがなものかと申しますと

見事!すっかり眠る子になりました

 

 

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オンギャーとこの世に誕生したその日から

平均連続睡眠2時間のショートスリーパ―として腕を磨き続けてきたぼうやも

とうとうまとめて眠る子になってくれました

 

わたくしも、慢性的な睡眠不足から解放されて

この先は膝の痛みや増えた白髪も少しは癒えるでしょうか、、、

 

 

にしても、こんなにも変わるものかと思うほど日々の生活は楽になった

こんなにも変わるものならもっと早く試してみても良かったのでは?

とも思ったりするが、そういうものでもないのでしょう

恐らく、母子ともに断乳を決めるタイミングがぴったりだったのではないかな?

 

「もう、やめようや、、、」

 

この言葉をどちらが言い出すか

お互い探りあっているかのような毎日だったのかもしれない

もうお乳を吸ったって眠れないことくらいぼうやだって気づいていたはずだ

実はお乳よりもおせんべいの方がおいしいってことも知っていたはずだ

 

でも母ちゃんがお乳勧めてくるし、断るのも悪いし

そもそも今までお乳でしかストレス解消する術を知らないからさ

おいらどうすることもできないよ

与えられたら吸い付くしかできないよ

だなんて泣きながら思っていたかもしれない

 

年長者として私の方から「やめよう」と言ってやったという訳だ

 

 

まさか!お乳をのまないという方法があったとは!!

母ちゃんすげーと思っているかもしれない

 

すごいでしょう

大人はすごいのよ

 

そんなわけで、一度も起きずに寝続けるようになったわけではないけれど

起きてもトントンもしくはぎゅうっと抱きしめてやれば

すぐ寝てくれるようになりました

かわいいでしょう?

 

夜間の添い乳というやつはやっかいなもんで

母は体を子の口の位置に合うように伸びて不自然な体勢で授乳することになる

この時あたりまえだが体は布団からはみ出ている

胸元や腹ははだけている

そのまま寝落ちしてしまうと体の痛みと冷えで目が覚める

 

夫がグースカ眠るその横で母として、がんばっているのですよ

あほみたいな顔で寝やがってとかもう感じる余裕もない

どうか、早く寝ておくれという一心でぼうやの横で伸びている私

 

寒くなる前にどうにかしたいなと漠然と考えていたけれど

よかったよ、解決できて

 

夜間は断乳したけれど、昼間はまだ授乳している

朝だいたい6時から7時くらいに目覚めの一吸い

が、だいたいこの後二度寝してしまう

夕方五時ころの不機嫌に一吸い

一歳二か月の今はこの二回になりました

 

Baby

 

 

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 悩んだ日々も。