デジタルデトックスキャンプ

データ移行を無事済ませた新しい中古のiphoneを持ってキャンプへでかけた。

 

今思えば、設定したばかりで動作確認もしっかりしていないiphoneだけを持って一泊二日を過ごすって無謀な挑戦だったのかな?と。でも、なにか不具合があったとしても別にいいやくらいの気持ちでいたのだと思う。

 

nemunk.hateblo.jp

 

一泊二日のキャンプを終え、昼過ぎ早々に帰宅した。なぜこんなに早い帰宅かと言えば、朝から雨だったから。数日前から日曜日は雨予報だった。何度見返しても雨マークは消えることがなかった。降り始める時間が、6時だったり、10時だったり、5時だったりと変化はするが、雨は確実に降るということか、雨マークは決して消えない。迷ったけど、どうにかなるだろ!ってことで行くことに決め、前日の夕方キャンプ場を予約した。当日行ってみたら、みんなキャンセルされました、好きなところへどうぞ。とのこと。無謀な家族と思っただろうか。目の前が海!という絶景スポットにテントを張ってキャンプ。夜は半月が真上から照らしてくれて、思ったよりずっと明るくて、キャンドル二個だけで夜を過ごした。息子と夫は夜釣りを楽しみ、私と娘は早々にふとんにごろんとして絵本を読み、娘は満足そうに寝てしまった。

 

娘が寝たあと、明日の雨に備えて早々に片付けておく。

ひとりで月明かりとキャンドル二つの暗闇の中、せっせと使わないものたちを片付けて車へ積んだ。そして、ひとりで椅子に座って、夜空を眺め、夜の山や対岸の光、飛んでいく飛行機を見て、遠くで夜釣りする夫たちのライトを眺めていた。「一体、わたしは何と繋がりたくてiphoneを持ち続け、何かを検索し続けてるんだろう。繋がろうとしなかったら、もっと楽に生きられるのだろうか。ただ、毎日家族とご飯を食べて一緒に寝てるだけならiphoneを持たずに生きていけるんじゃないだろうか。」キャンドル二つと半月の光でも十分だった。それはまわりに誰もキャンプしてる人がいないから。もし周りもキャンプしてる人たちがいて、みんな煌々とランプを灯していたら自分たちの暗さが浮き彫りとなって、やっぱりもっと明るくしないとだね、と思うのだった。まわりが暗ければ、月明かりの明るさに気づく。すると目が少しずつ慣れていき、いろんなものが見えることがわかる。キャンドルふたつ灯したのは周りに、ここでキャンプしてます、人がいますと知らせるための意味もあった。

 

本当はキャンドル二つでも過ごせるのに、まわりが明るすぎるとわからなくなってしまう。

わたしたちは電気を使い過ぎている。本当はもっともっと暗くてもいいのに世界はもっともっと明るくなって、便利がよい、と進化を続ける。光害という言葉もあるそう。

LEDのライトは遠くまでよく照らしてくれて人間にとっては便利だけど、見えていたはずの星が見えなくなり、樹木や草花はLEDライトに夜も照らされてしまうことで夜もおちつかなくなってしまうそうだ。

 

 

もっと暗くていいです。大丈夫。もっと暗くても生活できます。モノもいらないです。

 

 

ずっとiphoneはテントの中で、しかも機内モードのまま登場することはなかったため、ほとんど写真をとっていない。

 

翌朝、日の出とともに目が覚める。まだ降っていない。それを感謝して、さっさと片付けて、どうにか本格的に降り出す前に撤収完了!ありがとう、神様。