数日前からずっと気になっていた、我が家の庭の草花たちの生い茂り。
ただでさえ古さが目立つ我が家なのに、庭の草がボーボーだったら空き家かとおもわれてしまうかもしれないと、ずっとずっとやりたいと思っていた庭の草刈りを今日やりました。
腕がいたい。がんばりすぎて筋肉痛がもう始まっている。
早くくるのはまだ若い証拠か?
この家に住み着いて4度目の春。
1度目の春はなにもできなかった。
住み着いたのは夏で、真夏はなにもできず、自然の脅威、緑の力よ!都会からきたわれわれ夫婦にできることなど何もなかった。その年の夏は初めての九州の強烈な太陽に焼かれて私はほぼ寝たきり状態、いや、ほんとになにもできなかった。
少し涼しくなってきた頃、夫が庭の草を刈り始めた。腰の高さ以上の草をバッサバッサと手作業でカットして、庭の一角には畑スペースも作った。しかし土を掘り返すとゴロゴロと石がでてきた。それでもネットで調べて、少しでもいい土になるよういろいろやって、レタスと小松菜を植えたけど育たなかった。
その後、しばらく放置。せめて、野菜くずだけでも埋められるようにしたいという私の希望を叶えてくれようと、コンポストコーナーを夫が設置してくれた。それ以来、野菜くずやたまごの殻などをせっせといれていた。私は土のある暮らしに憧れていたにもかかわらず、庭へでれるようになるのには住み着いてから一年ほどかかったと思う。あんなに憧れていた土なのに、いざきてみると、全然触れられないことがわかった。わたしは随分と整備された土地で育ってきたみたいで、土がこわかった。虫が怖かった。野菜屑を埋めるのもどきどきしていた。
すこーしずつ、すこーしずつ成長しまして、4度目の春。
今日は軍手をはめてよもぎやらなんやらガスガス引っこ抜いて、ブロッコリーだけ残ってた畑は全部掘り起こしてきれいにして、抜いた草は穴掘って埋めて、切り落とした枝は鋸で短くして庭のすみの山に置いて、全身全霊で庭をきれいにしました。もう土は怖くないし、虫も気にしない。ミミズがうっかり飛び出しても「あら、ごめんなさいね。」と謝るだけ。
諦めずに向き合ってたら成長できるんだね。
去年から庭の畑で野菜を育てられるようになった。去年の夏はきゅうりがたくさんとれて、ミニトマトも少しとれた。冬は白菜が育ち、春はブロッコリーがとれた。無農薬、無肥料です。野菜屑をせっせと埋めた土で、それなりに育ってくれた。
さて、今日畑をきれいにしたから、5月の連休中にきゅうりを植える予定です。

私の実家は神奈川にある。親族に農家はなし、、、って思ったけど藤沢に一軒あった。たまに芋をくれた。3・11やコロナの時、それ以外でもだけど都会はすぐものがなくなる。流通がとまればスーパーの棚からものがなくなる。なくなれば、わたしたちは何も買うことができない、ということを経験してきて、自分で作れるひとになりたいと思うようになった。じゃないとまともに子どもたちを育てられないよと危機感を持っていた。長崎へ来て、やりたかったことは野菜作りだった。今、まだそれはできていない。これからもっともっと作れる人になって、いつか南海トラフや富士山大噴火が起きて都会に食べ物がなくなったとき、わたしは車にどっさり野菜や米を乗せてみんなを助けにいきたいと思って、それで野菜と米作れるひとになりたいと思ってるんだった。毎日がいそがしいと、忘れそうになる。
そんな災害が幸いなくても、こどもたち、さらに孫たちに私が作った野菜と米をいつでもどこでも送ってやれるばあさんになるのが私の夢です。