読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あんにゅいじゃなきゃ、、、いや

へぇへぇぼんぼんなまいにちのこと

こどもつくると、決めるまで

子供がほしいと、100パーセント純粋に思ったことはない。

私にとって、妊娠・出産・子育ての一連は恐怖心のほうが大きかった。

できなかったらどうしようとか、できないからこそ無性に欲しくなったら

どうしようとか、ちゃんと育たなかったら、自分自身が耐えられなかったら。。。

とかとか、悪い事ばかり考えていた。

 

これは夫も同じで、彼もとにかくマイナス要素ばかり想像してビビっていた。

とにかく夫婦で話し合ったことはすべてを受け入れよう、と。

どんな現実をつきつけられても受け入れる覚悟で挑もうと相成った。

 

私は妊婦さんが苦手だった。

自分もあぁなるのかと。街で見かけるたびに、なりたくないなって思っていた。

そう感じる人は世間にいるのかとネットで調べてみたりした。

いた。自分もなってしまえば気にならなくなるとも書いてあった。

いつまでもそんなことも言ってられないし、そう信じることにした。

 

夫はまだ作らなくてもいいと言ったし、別にできなくても仕方ないとも言った。

しかし、私の勝手な人生計画では35歳までに二人はチャレンジってことを書いていた。

のらりくらりで、もう32歳。

勝手な人生計画のほとんどを達成できることなく、過ぎゆく時間。

やばいぞ。挑戦すらせずタイムアップじゃみっともない。

私はやるぞ、作るぞ!と決めたのだった。

 

決めたらわりとすぐできたのだった。

できたとわかって、うれしかったのかな?

ほんとにできてるの?生まれてくるの?半信半疑だった。

この世界に出て、この目で見るまでは信じないぞ、と思った。

 

今となっては、このせりだした腹もまぁいいなと思っている。

確かに、重くて、鏡に映る姿は滑稽ですが、その滑稽さがおもしろい。

毎日ぽこんぺこんとアピールして、よしよしとなでてやると途端に止まる憎い奴。

へそ曲げず、どうか元気に出てきておくれ。

 

いざおなかの中に命が生まれたその瞬間から、

心配しなくてもちゃんと母体の方もそれに対応して変わっていくのだ。

そしてそれは環境までをも変えていくんじゃないかと思った。

仕事を続けられなかったことも、友達が減ってしまったことも、

全ては必然だったのだと、そう思うと心がストンと落ち着いた。

子供産むかどうか、悩んだ日々はとても大切だったと今思う。

悩んだからこそ受け入れられたこともあると思う。

いくら頭で考えてもわからないことが体の中で起きて、自然と対応していくように

そうゆうふうにうまく人間ていうのはできているんだ。